
『岩村透
—— 美術将来の運命の繋がる処』
(ミネルヴァ日本評伝選)
岩村透(1870~1917)は、美術思想家、美術批評家。
男爵家に生まれ、米・仏に留学し絵画を学ぶ。東京美術学校で西洋美術史の専任教授となる。
装飾美術や建築にまで至る最先端の美術批評と美術ジャーナリズムを展開。
森鷗外らと共に国民美術協会を設立し、美術行政・アーツマネジメントの先駆者ともなった。
しかし自由思想抑圧の時代に美校の職を解かれ、48歳で病没。自由闊達な精神で、後代芸術家の創作と言論の場を切り拓こうとした知られざる生涯を描く。
前著『近代日本の美術思想』上下巻(白水社)を受け、特に岩村の人柄と、彼の仕事について一般読者にも向けて明快に書くことを心掛けた評伝。
この評伝の執筆を通じて、彼の肩書きを「美術批評家」というよりむしろ「美術思想家」と 呼ぶべきであるという確信を得た。
目次
序 章 忘却の彼方から
1
岩村透とは誰か
2
人物の救済は、時代の救済
3
先行評伝・先行研究について
4
本書について
第一章 〈いごっそう〉の根
1
岩村家と高知との縁
2
「男爵」家の意味
3
岩村家と芸術界
第二章 二言語使用者の夢
1
慶應から青山へ
2
アメリカ時代
3
美術批評家への転身
第三章 パリの美術生活
1
「巴里の美術学生」の原風景
2
手帳を片手に
3
旅する青春
4
黒田清輝・久米桂一郎との出会い
第四章 美術批評家はいかにあるべきか
1
『青山評論』の時代
2
『美術評論』の時代
3
美術家と社会を結ぶ批評家
幕間1 語る批評家
1
岩村の名講義
2
社交の精神
3
友へ語る
4
語る批評
5
毒舌家の功罪
第五章 学術と啓蒙――東京美術学校西洋美術史の初代教授として
1
岩村教授の西洋美術史講義
2
「世界美術史」の情報伝達者
3
啓蒙としてのボヘミアニズム
第六章 社会変革としての美術ジャーナリズム――盟友・坂井犀水と共に
1
セントルイス万博(1904年)の転機
2
盟友・坂井犀水
3
大逆事件の時代と美術界
4
『美術新報』1909年の変革――感興と経済のありか
5
美術界の再編を目論んで
幕間2 森鷗外と岩村透――知友を超える
1
伝記上の接点
2
相同する仕事
3
協働する仕事
4
知友を超える――鴎外「かのやうに」における岩村透像
5
次世代を擁護して
第七章 新しい絵画と工芸を夢見る
1
前衛の一歩手前で――岩村の立ち位置
2
世界の印象派
3
民藝直前の装飾美術運動
第八章 美術と建築
1
筋金入りの建築好き
2
プロフェッサー・アーキテクトたちとの交友
3
吾楽殿の時代――失われた美術建築
4
帝劇・自由劇場・慶應義塾
幕間3 美校教授の御宅拝見
1
普請道楽の思想
2
三崎の別荘――南欧のおもかげ
第九章 美術行政とアーツマネジメントの先駆者
1
雑誌『太陽』の論者になる
2
情報専門誌からオピニオン誌へ――『美術週報』の発刊
3
国民美術協会の設立と展開
第十章 病魔と復職却下事件に抗して
1
1914年4―9月 最後の外遊
2
岩村教授復職却下事件の真相
3
岩村の抵抗――〈美術問題〉から『美術と社会』刊行まで
4
美校事件から保証金支払い命令へ
5
ボヘミアニズムの光と闇
第十一章 幻の著作――英・仏美術界の今
1
幻の著作の存在――美術紀行の刷新
2
旅の目的(一)――パリ・ロンドン、美術界の今を知る
3
旅の目的(二)――「外交」あるいは「人間訪問」
4
連載〈旅中小感〉の企図――英仏比較文化論の夢
終 章 一念の誠天地を動かすべし
1
本瑞寺葬儀の意味
2
国民美術協会による継承――没後諸事業の意味
3
現代に蘇る――岩村透百回忌(2016年)
あとがき
岩村透読書案内
参考文献
岩村透略年譜
図版一覧
事項索引
人名索引
