展評・書評:第1回 カタログに誘われて——フィンランド・甲斐荘・エジプト文様

 題名をご覧になった方には、「何のこっちゃ?」と思われるかもしれない。
2023年春、コロナ禍が少し落ち着いてようやく東京から気軽に出られるようになった今年、京都国立近代美術館に何としても行かねばと思わせる展覧会が、てんこ盛りで開かれた(筆者は、2023年3月16日観覧)。

 「リュイユ——フィンランドのテキスタイル トゥオマス・ソパネン・コレクション」

https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2022/451.html

  *展覧会カタログ(宮川智美編集、上田英司デザイン、京都国立近代美術館発行)

 「甲斐荘楠音の全貌——絵画、演劇、映画を越境する個性」

https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2022/452.html

  *展覧会カタログ(羽鳥綾編集、三木俊一デザイン、日本経済新聞社発行)

 「2022年度 第5回コレクション展——画家の意匠工芸」

https://www.momak.go.jp/Japanese/collectiongalleryarchive/2022/collectiongallery2022no05.html

 そういっても京都は遠い。それでも行こうと思い始めたのは、手元に届いた「リュイユ」の展覧会カタログだった。もちろん織物の専門家でも何もないのだから、全く初めて聞く名前——にしてもそのカタログの素敵なこと! A4版で少し丈を縮めた大きさで、100頁ほどの薄さなのだが、何と言っても手触りが素晴らしい。さらっとした優しい布地のような肌触りで開きやすい軽いカタログは、じっくり広げて読みたくなるように読者を誘う。リュイユとは、おそらく15世紀頃からフィンランドに伝わる伝統的な毛織物で、今回はフィンランドで最も充実したトゥオマス・ソパネン・コレクションの作品を中心に、その時系列の歴史が分かるように構成された展覧会であるという。基本的には毛足の長いふわふわした、あるいはざっくりとした、遠目から見ると実に繊細なグラデーションやデザインが施された色合いが無類に美しい。単なる壁掛けだけではなく、モダン・リュイユになると、立体物としても織られ、あたかも石庭の石のような造形物もあって驚かされる。

 さらに驚くのは、リュイユという織物の存在意義である。ソパネン氏の論文によれば、リュイユこそがフィンランドの国花ならぬ「国の織物」とも呼ぶべき象徴だという深い事実である。ソビエト連邦ではなくフィンランドという「国」を成立させる工芸品だというのだ。1900年パリ万国博覧会のフィンランド館にもかけられ、画家のアクセリ・ガッレン=カッレラがそのデザインを担当したという。ガッレン=カッレラの透明な、揺れるような湖畔の風景油画(《ケイテレ湖》1904-1906年 国立西洋美術館)を想い出すと、リュイユの抽象性と相通ずるものもあって「あっ」と合点がいく。単に織物を目にしただけではなかなか理解が困難なところ、今回は、美しいカタログの導きで数年ぶりの京都行きを断行したのだった。

 ところで今春の京都国立近代美術館(=京近美)のメイン展覧会は、甲斐荘楠音展である。チラシといい、カタログ(画集に近い本格派!)といい、隅から隅まで凝っていて美術館の「本気」をこちらも感じさせる。甲斐荘の個性的人物画については、近年よく知られるようになったが、京近美の今回の「本気」は、画業を手放した後、演劇や映画で活躍した仕事を「全部見せる」というところにある。この画家が、女形として舞台に立つという意味でもジェンダーを越境した人物であったことは初めて知ったが、なるほどそうなると画業の意味もこれから問い直されるのだろう。展覧会最終部で映画「旗本退屈男」の衣装現物が居並んだ会場は圧巻であったが、具体的にどのような時代考証が各衣装に施されていたのかの具体的検証もこれからの課題なのだろうと拝見した。

 同展の浩瀚なカタログには、甲斐荘(画号の甲斐庄ではなく本名)の画業が、こうした彼の仕事の越境性から再検証すれば「あやしい絵」の類いに簡単に括られる筈はない——という学術上の痛烈な批評も展開されており、学界での今後の対話が期待される。(池田祐子「様々越境し混交する個性」pp.11-17)

 そして今回、この甲斐荘展における「創作家の越境性」がヒントとなって、常設展の方でも「画家の意匠工芸」に焦点が当てられ、関連作品が展示されている。私は岩村透に関する研究の中でまさにこれを扱ったので(『近代日本の美術思想——美術批評家・岩村透とその時代』上巻、第11章「文展時代の〈小芸術〉——〈民藝〉直前の装飾美術運動」)、それこそ興味津々で、会場に向かったのである。
 最も興味深かったのは、浅井忠の「エジプト文様長襦袢」(1902―1907年)だった。絹に染められた丁寧な連続エジプト文様だが、奇妙奇天烈ではなく、以外としっくり着物としてなじんでいる。私の目から見るとこれは明らかに、1910年代に建築家、画家、工芸家の多くを巻き込んだ「エジプト熱」の流れだろう(上記拙著、下巻、第16章5―③「エジプト熱の時代——『建築ト装飾』展」)。エジプト文様への注目は、伝統文様では工芸を刷新できないとする当時の創作家たちの大胆な挑戦だった。和田英作や杉浦非水は好んでエジプト主題を扱い、伊東忠太や塚本靖、大澤三之助などの建築家は現地で大量のコレクションを収集している。和田英作と浅井忠は1900年パリのパンテオン会の友人関係でもあるから、エジプト熱の熱狂が非水たちの創作の「前」に、すでに浅井によって体現されていたことが分かる。貴重なコレクションを見せて頂いた。 

 かくしてたった一つの美術館で3つも濃厚な展覧会を、文字通り堪能し、桜もまだ早い京都でもすっかり満足して、その日のうちに帰京した。そしてつい先日、4月4日、「フィンランドがNATOに加盟」との報を得る。リュイユ展がまさに時宜を得ていたことに驚くと共に、工芸がもつ深い文化的意味に再び思いを致している。

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